スペルト小麦のパンが選ばれる理由
*はじめに
近年、スペルト小麦への関心が高まってきています。
検索してみると、スペルト小麦粉や、スペルト小麦の粒、スペルト小麦のパスタなど、スペルト小麦の商品が数年前と比べて増えてきました。
パンむぎとしでも、国内の農家さんが栽培してくださった、オーガニックのスペルト小麦(期間中無農薬)を100%使用した「もと」という全粒粉のパンをあつかっています。
また、自らもスペルト小麦を栽培した経験があります。
このページでは、現役のパン職人でありスペルト小麦の栽培経験もあるという視点から、スペルト小麦についてもう一歩踏み込んだ内容をお伝えしていきます。
※あくまでパン作りの現場でスペルト小麦と普通小麦の両方に直接触れ続けてきた当店の視点・見解となります。
学者でも農協でも小麦業界のマーケティング担当でもありません。
世の常ですが、既得権益や所属する団体の利益目的や圧力によって真逆の論文なども多数あると考えられます。
何が正しいかは立場によって変わりますので、当記事含め、特定の情報で思考停止せずにご自身で考察、試行錯誤されることが大切と考えます。
目次
①スペルト小麦とは? ②栄養価が高く、低GI ③なぜ普通小麦はよくない、といわれるのか? ④スペルト小麦は小麦アレルギー発症しにくい? ⑤「緑の革命」と小麦 ⑥スペルト小麦は大量生産には向かない。でも。 ⑦まとめ パン職人の視点 |
①スペルト小麦とは?
スペルト小麦は、9,000年以上も前にヨーロッパや中東で栽培されていたと言われる小麦です。
現在世界で栽培されているパン小麦(普通小麦)の原種ともいわれることから「古代小麦」とも呼ばれます。
※古代からの栽培過程で交雑しながら各地域の環境にあわせて少しずつ変わってくるものでもあり、
パン小麦とエンマー小麦の交雑と結論付けた解析もあるようです。
この解析をうたい文句に採用して「スペルト小麦を古代小麦と呼ぶのはマーケティング」という業界の発信もあるようです。
どの定義が正しいかはわかりませんが、その発信自体が業界のマーケティングと考えることもできます。
大量に普通パン小麦を売りたい業界からすると、スペルト小麦の人気と普通パン小麦の不人気は不都合な存在でしょうから。。
さて、近年健康への関心が高まるにつれてスペルト小麦に注目があつまるようになりました。
スペルト小麦は収穫量が少なく、現代の小麦の品種と比べると半分ほどの量しか穫れません。
日本では、脱穀などのハードルも高く、生産する農家さんも少ない希少な小麦です。
スペルト小麦を使用するパン屋も欧米と比べて、非常に少ないのが現状です。
作り手の視点から見ると、スペルト小麦の水和しやすい性質上、生地がべたつきやすく、すぐにダレてしまうため、製造には技術が必要です。
また、当店ではスペルト小麦の製粉も石臼で挽いていますが、スペルト小麦は普通小麦とは違い、外皮が大きく剥がれるため非常に手間がかかります。
スペルト小麦には優良な油脂分が多く、ナッツのようなコクと風味があり、普通小麦にはないあじわい深さも魅力です。
イタリアではスペルト小麦をFarro(ファッロ)と呼び、ドイツではDinkel(ディンケル)、スイスではSpelz(スペルツ)と呼んでいます。
②栄養価が高く、低GI
→スペルト小麦は栄養価が高い
スペルト小麦は栄養豊富(タンパク質、ビタミン、ミネラル、食物繊維など)。
さらに、硫黄、カリウム、ニコチン酸(B3)、 ピリドキシン酸(B6)、βカロチンの含有率が高いことがデータとして確認されています。
スペルト小麦は、これらの重要な栄養価が内部の胚乳に多いことが特徴です。
反対に、現代の普通小麦は外皮周辺に重要な栄養が多く、精白によりほとんどが除去されてしまっています。
※ミネラルはスペルト小麦のほうが多いが、他は変わらず、全粒粉にすれば普通小麦でも摂取できる、というような研究を採用した屁理屈のような記事もあるようですが。。いったい世の中の小麦製品の何割が全粒粉100%なのか、想像に難しくありません。
・スペルト小麦は低GI炭水化物
→デンプンのかたちが血糖値上昇しにくい
スペルト小麦のデンプンは、普通小麦に比べてゆっくりと分解されます。
そのため血糖値の急激な上昇を抑えることができます。
糖尿病患者や変動血糖値の人に対して良いといわれています。
また、血糖値の急上昇は、急下降につながります。
テンションが急に上がったり、下がったりといったことのないように精神の安定にもよいかもしれません。
※血糖値上昇についても、上記栄養価の項目と同じく製粉度合いによって普通パン小麦でもよいといった趣旨の記事が見受けられますが、
いったい世の中の普通パン小麦製品の何割が全粒粉なのかという話になってきます。ほぼ真っ白ですよね。。
③なぜ普通小麦(グルテン)はよくないと言われるのか?
基礎知識として、まずは「グルテン」についてざっくりと説明します。
小麦は水とあわせて練ったときに、風船のように膨らむ性質をもったタンパク質ができます。これを「グルテン」と呼びます。
「グルテン」は、「グルテニン」という弾力性のある成分と「グリアジン」という伸展性のある成分、2つの成分が適度なバランスで存在しているときに、パンを作りやすい性質の「グルテン」になります。
現代の普通小麦には「グルテン」が多く、強力でこれによりパンの生地がより膨らみやすくなる性質があります。
白くてふわふわの食パンや菓子パンなどは、現代の品種と大量の化学肥料投入によって増加した「グルテン」の量が多い小麦を使ったパンの象徴です。
ちなみにスペルト小麦にも「グルテン」は含まれますが、普通小麦とは性質が違うため、生地はよく伸びるものの、ダレやすくてカタチを保ちにくい、という特徴をもっています。
→ではなぜ、近年「グルテン」がよくない、といわれるようになったのでしょうか?
その理由は、小麦タンパク質の成分のひとつである「グルテン」、その中でも、「グリアジン」が多くの不調や症状の原因物質とされているからです。
(※グルテニンやフルクタン等、その他の成分に反応していることもあるようです。)
グルテン関連のアレルギーや不調を「グルテン関連障害」と呼びます。
※グルテン関連障害の種類
①自己免疫系
→セリアック病・グルテン失調症
自己免疫疾患。
小麦や大麦・ライ麦などに含まれるタンパク質の一種であるグルテンに対する免疫反応が引き金になって起こる自己免疫疾患をいいます。
※日本でも人口の7%である約85万人がセリアック病を患っているとされ、50年前の4倍に増加しているようです
②非自己免疫・非アレルギー系:原因不明の失調症、非セリアック・グルテン過敏症
③アレルギー系
→食物アレルギー
原因食物を摂取した後に免疫学的機序を介して起こる生体にとって不利益な症状(皮膚、粘膜、消化器、呼吸器、アナフィラキシー反応など)
④スペルト小麦は小麦アレルギーを発症しにくい?
スペルト小麦は大昔からほとんど人工的な品種改良をされておらず、近代の意図的に品種改良された小麦とは違ってアレルギー症状が発症しにくいといわれています。
欧州では小麦アレルギーを持っている人の85~90%が発症していない、という経験値が伝えられています。
これはあくまで経験値からくるようですので、個人差があるところかもしれません。
スペルト小麦にもグルテニン、グリアジン自体は含まれています。
(※グルテンフリーというわけではありませんので、小麦アレルギーをお持ちの方は、医師のアドバイスを受けて下さい)
また、普通小麦で不調がでる人の中には、
「グルテン」ではなく「フルクタン」という果糖(FODMAPのひとつ)が原因で不調が起こる(過敏性腸症候群等)こともあるようです。
この場合、スペルト小麦はパン小麦と比べて負担を軽減できる可能性もあります。
「フルクタン」はパン小麦に多く、スペルト小麦は「フルクタン」が少ないのも特徴なのです。
さらに乳糖発酵を含む酵母による長時間の発酵ではフルクタン量を低下出来るようです。
パンむぎとしでは、自家培養天然酵母100%で長時間じっくりと発酵させて作っております。
⑤「緑の革命」と小麦
緑の革命とは「1940年代~1960年代にかけ、ロックフェラー財団とアメリカの農学者、ノーマン・ボーローグらによって品種改良による収量の多い品種や、化学肥料の大量使用などによる穀物の大量増産を達成したこと。」
これにより、世界各地の食料危機が回避され、ボーローグはノーベル平和賞を受賞しました。
「緑の革命」では、小麦の背丈が低くなるように品種改良されました。
これは大量の化学肥料の投入と農薬の使用で、大量生産することが前提です。
化学肥料で巨大化した穂の重みによって、小麦を倒伏させないため、背丈の低い品種どうしを掛け合わせたようです。
また、あらゆる気候に対応できたり、短い栽培期間で収穫できるようになりました。
ちなみに、この品種改良の元になった品種は日本の岩手県で育種された背の低い品種、農林10号とメキシコの品種だそうです。
ここでいう品種改良とは、別の品種どうしを掛け合わせる交配のことです。
しかし、あまりにも短期間で多くの品種と交配を繰り返すことは、本来の自然の摂理ではありえません。
緑の革命でおこなわれた品種改良によって、遺伝子が大きく変わってしまい、グリアジン量が増加したといわれます。
これが緑の革命で作られた小麦は遺伝子組み換えだった、と噂される要因のようです。
現在、世界中の小麦のほとんどが、この時の品種改良小麦をもとに派生したといわれています。
日本の普通小麦も例外ではないようです。
『小麦粉は食べるな』の著者ウィリアム・デイビス氏によると、1960年代のグリアジンと2012年のグリアジンはアミノ酸の構成が異なるそうです。
近年、日本では高グルテンの品種が次々に研究され、広まっています。
グルテンが多いとふわふわのパン作りは、かんたんになります。
しかし、グルテンを増やして、収量も増やすためには、大量の化学肥料、農薬の投入が前提です。
高グルテン小麦は、セリアック病や、グルテン関連障害にもつながる可能性も高まり、手放しではよろこべないのではないでしょうか。
「甘くてふわふわのパンこそが、正しいパンのあり方。」
日本人は、このような固定観念と無知からくる誤解を取りはらうことが必要です。
⑥スペルト小麦は大量生産には向かない。でも。
スペルト小麦は現代の普通小麦と比べて収穫量が半分ほどしか穫れないため、大量生産には向きません。
農家さんにとっては、強靭な皮殻の脱穀作業も余計にかかります。
しかしながら、このスペルト小麦の厚い皮殻が、汚染物質や虫から内部の穀粒を守ってくれるのです。
そのため、化学肥料、除草剤、殺虫剤などの農薬をほとんど使用せずに、あるいは少量のみで栽培することが可能なのです。
また、根が長く(なんと15m!)外的な被害(養分・雨不足など)に強いのです。
なにより、おいしくて、人によっては不調も発症しにくい。
スペルト小麦のこれらの利点は、普通小麦にくらべて少ない収量や、安価ではない価格の欠点を補って余りあるのではないでしょうか?
立場の違いによる様々な賛否見解がありますが、これも多数ある論文の一部を切り取ったにすぎないと考えられます。
作者がどの既得権益が出資した機関に所属しているのか等。。
⑦まとめ パン職人の視点
→スペルト小麦はまるでヒーローのよう
パンむぎとしではスペルト小麦も栽培した経験があります。
普通小麦よりも背が高く、足元もがっしりしています。
しかし、収穫までの期間はながく、普通小麦の収穫時期にプラス1か月、梅雨をゆうに越えてしまいました。
通常、小麦の収穫は品質の劣化を防ぐために、梅雨前に刈り取ることを理想とします。
雨量の多い和歌山南部でのスペルト小麦栽培はむつかしいのかな、とも感じました。
それでも、スペルト小麦のもつ「消化しやすい性質や、高い栄養価などのやさしさの部分」と「強靭な生命力と、びしっと伸びる堂々とした姿の、力強さの部分」どちらも兼ね備えている性質が、まるでヒーローのようで格好よく、存在そのものが魅力的です。
生地の扱いに技術が必要という特徴も職人ごころをくすぐります。
スペルト小麦のパンは、うまく作れば、その水和・消化しやすい特徴から、口の中でシュッとほどけて溶けるような、やさしいパンも作れます。
「生きてく力になる」「心とからだにしみるパン」「生命力の湧きだすパン」を志しているパンむぎとしにとっては、うってつけなのがスペルト小麦なのです。
日本ではスペルト小麦を栽培する農家さんも、スペルト小麦を使用するパン屋さんも、まだまだ少ないのが現状です。
国内産のスペルト小麦がどこでも安定的に手に入るようになるにはもう少し時間がかかるでしょう。
ただ、ここ数年で栽培を始める農家さんが少しずつ増えてきています。
パンむぎとしに声をかけて下さる農家さんも増えました。
志ある農家さんと作り手が繋がることで、価値ある国産スペルト小麦が途絶えることなく消費者に届けられれば、素晴らしいことですね。
農家さんにはぜひ栽培を続けていってほしいものです。
そのためにわれわれが出来ることは、苦労を知ること、価値を知ること、買い支えること、そして楽しむことではないでしょうか。
(受注再開)パンむぎとしのスペルト小麦のパンはこちら↓
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